1. はじめに:水耕栽培では“肥料設計”が収量を左右する

水耕栽培では、土壌の代わりに水と肥料(養液)で作物を育てるため、施肥設計と養液管理がそのまま作物の生育を左右する最重要ポイントとなります。
土耕栽培であれば、多少の肥料のムラや過不足は土壌の緩衝力が吸収してくれますが、水耕ではその余地がほとんどなく、与えた分だけがダイレクトに作物に影響するのが特徴です。
そのため、どんな肥料を選び、どんな濃度で、どのタイミングで与えるのか――
この「肥料設計」が収量・品質・生育スピードのすべてに関わってきます。加えて、ECやpHといった養液の状態を“見える化”しながら管理する技術も、安定栽培には欠かせません。
この記事では、水耕栽培における肥料選びの基本、養液設計の考え方、作物ごとの管理ポイント、トラブル時の対処法までを整理し、収量を安定させるための実践的なノウハウをご紹介します。
「土を使わない栽培」だからこそ、肥料を“読み、管理する力”が成果を決める鍵になります。
2. 水耕栽培に適した肥料とは?土耕との違い
水耕栽培と土耕栽培の最大の違いは、肥料が“土に蓄積・緩衝される”か、“そのまま根に作用する”かという点にあります。
土耕では、土中の微生物や鉱物成分が肥料成分を一時的に吸着・保持し、緩やかに作物へ供給する緩衝作用がありますが、水耕ではそれがありません。
そのため、養液中の栄養バランスが直接的に作物の生育に影響し、過不足の影響が短期間で現れるのが水耕栽培の特徴です。
2-1. 水耕栽培に使う肥料の基本条件
水耕栽培で使う肥料には、以下のような要件が求められます。
- 完全水溶性であること(沈殿しない)
→ 窒素、リン酸、カリウム、カルシウム、マグネシウム、硫黄などの**主要要素(N・P・K・Ca・Mg・S)**がバランスよく溶けていること。 - 微量要素(鉄・マンガン・ホウ素・モリブデン・亜鉛・銅など)も含まれていること
→ 水耕では土壌由来の微量要素供給がないため、欠乏が起きやすい。鉄やマンガンなどはキレート化(Fe-EDDHAなど)された形で安定供給する必要がある。 - pH変動の少ない設計であること
→ 養液のpHが急変すると吸収効率が落ちるため、pH安定性にも注意が必要。
2-2. 有機肥料は水耕には基本的に不向き
水耕では、油かすや鶏ふんなどの有機肥料は使わないのが原則です。
その理由は以下の通りです:
- 水に溶けない・分解が遅い → 詰まりやすい
- 腐敗・悪臭・雑菌の発生リスクが高い
- 養液中でガス害やpH異常が起きやすい
※ただし、養液土耕や一部のバイオ式水耕(活性微生物を活かした方式)では、有機成分を取り入れる設計もありますが、管理が高度で一般的な水耕栽培とは区別されます。

2-3. 土耕で使っていた肥料は流用できる?
結論から言えば、水耕栽培には水耕専用、または完全水溶性の肥料を使うのが基本です。
土耕用の肥料は、水に溶けにくかったり、一部が沈殿・結晶化したりすることがあり、養液のpH変動や目詰まり、栄養バランスの崩れを引き起こす原因となります。
肥料選びが“栽培の設計図”になる
水耕栽培では、土に頼らない分、施肥設計=作物設計です。
最初にどんな肥料を選び、どう希釈し、どのバランスで供給していくか――
この設計こそが、生育スピード、障害の有無、収量、品質に直結するカギとなります。
3. 水耕栽培で使われる肥料の種類と特徴
水耕栽培では、養液が作物の唯一の栄養源となるため、使用する肥料の形状・成分バランス・溶解性が非常に重要です。
ここでは、実際の現場で多く使われている代表的な肥料タイプと、それぞれの特徴や選び方のポイントを整理します。
① A液・B液型の液体肥料|手軽で扱いやすく、初期導入におすすめ

特徴:
・あらかじめ2液に分けられており、混合時の沈殿や反応を防ぐ設計
・野菜に必要な主要3要素(N・P・K)とカルシウム・マグネシウム・微量要素も含まれる
・初心者から中規模農家まで幅広く対応可能
製品例:
・ハイポニカ液体肥料(協和):家庭用からプロ用まで対応可
・微粉ハイポネックス:粉末ながらも水溶性が高く、液肥的に使える

注意点:
・原液管理に注意(濃縮状態では成分が結晶化しやすい)
・長期栽培には成分の微調整がやや難しい
② 粉末型水溶性肥料|コストを抑えつつ、柔軟な配合が可能

特徴:
・完全水溶性の粉末で、必要な濃度に応じて希釈可能
・EC値や成分バランスを見ながら、作物や栽培ステージに応じて自在に調整できる
・A液・B液に分けて自作も可能(反応を避けるためCaは別タンクで管理)
製品例:
・OAT「OATハウス肥料シリーズ」
・「OKFシリーズ」

注意点:
・EC・pH管理の知識と機器が前提
・混合順・タンク清掃を誤ると沈殿・目詰まりの原因に
③ 個別成分の組み合わせ|自由度は高いが管理の難度も上がる
特徴:
・硝酸カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸カリウム、微量要素液などを個別に調合
・作物別/栽培ステージ別に、完全オーダーメイドでの養液設計が可能
・長期収穫型や高精度な栽培(例:トマト・イチゴ・葉物)に多い方式
活用例:
・Aタンク:硝酸カルシウム、硝酸カリウム など
・Bタンク:リン酸、硫酸マグネシウム、微量要素 など
注意点:
・タンクごとに混合禁忌を守る(Caとリン酸の直接混合はNG)
・EC/pHの細かな調整・記録管理が必要
・経験者向きの設計で、省力性は低いが、精度は高い
🔍 肥料選びのポイントは「作物・規模・運用体制」に合わせること
水耕栽培における肥料選びでは、以下のような判断軸が有効です:
判断軸 | 初心者・小規模 | 中規模以上・経験者向け |
---|---|---|
肥料タイプ | 液体2液タイプ(ハイポニカ等) | 粉末型水溶性/個別成分の自作設計 |
調整のしやすさ | 少なめ(既製設計) | 高い(自由設計) |
管理コスト | 低〜中 | 中〜高(機器導入が前提) |
精度・自由度 | 標準的 | 非常に高い |
4. 養液管理の基本|EC・pHの見える化がカギ
水耕栽培では、作物にとっての“土”がそのまま養液になります。
そのため、養液の状態=生育環境のすべてといっても過言ではありません。
特に重要なのが、EC(電気伝導度)とpH(水素イオン濃度)の管理。
これらは養液の濃度や栄養の吸収効率に直結しており、定期的に数値で「見える化」することが安定栽培のカギになります。

4-1. ECとは?肥料の“濃さ”を示す指標
EC(Electric Conductivity)は、養液に含まれるイオン濃度、つまり肥料の濃度を示す指標です。
単位はmS/cmまたはdS/mで表示され、数値が高いほど溶けている肥料成分が多いことを意味します。
- ECが低すぎる → 肥料不足・生育停滞
- ECが高すぎる → 塩類障害・根痛み・生理障害
例:レタスや小松菜の場合
・適正ECはおおよそ1.0〜1.5 mS/cm。
・トマトやイチゴなど果菜類では、1.5〜2.5 mS/cm程度が目安です。
ECは日射量・気温・蒸散量によっても影響を受けるため、季節や生育ステージに応じた調整が必要です。
4-2. pHとは?栄養吸収の“入り口”を左右する要素
pHは、養液の酸性・アルカリ性の度合いを示す数値で、肥料成分の溶解状態と、作物が栄養素を吸収しやすい環境かどうかを判断する指標です。
- pHが低すぎる(酸性) → 根にダメージ、微量要素過剰
- pHが高すぎる(アルカリ性) → 鉄・マンガン・ホウ素などの微量要素が吸収されにくくなる
👉 適正なpH範囲の目安
・葉物野菜:5.5〜6.5
・果菜類(トマト・ピーマン等):5.8〜6.8
pHの変動は、肥料の種類や水の質、根からの分泌物によっても影響を受けるため、週に1〜2回の測定が理想です。
4-3. 測定機器の選び方と管理
養液のEC・pHを管理するには、ハンディタイプのECメーター・pHメーターの使用が一般的です。
安価なものでも十分な精度がありますが、定期的な校正とメンテナンスが前提となります。
- ECメーター:校正用の標準液(例:1.41 mS/cm)で月1回程度の確認
- pHメーター:pH4.01/6.86/9.18などの標準液で週1〜月1回の校正
また、測定は養液タンクから直接採取せず、清潔なコップ等に取り分けてから行うと、機器の劣化を防ぎやすくなります。

🔍 見える化ができれば、判断と調整が早くなる
水耕栽培は、数値を把握できるかどうかで管理の精度が大きく変わります。
「何となく薄い」「効きすぎているかも」ではなく、ECやpHの数値を基準に判断することで、ムダやリスクを減らすことが可能です。
5. 作物別・栽培ステージ別の肥料調整ポイント
水耕栽培では、作物によって必要とされる養分バランスが異なり、さらに栽培ステージによっても求められる濃度や成分比が変化します。
ここでは、代表的な作物を中心に、ステージごとの肥料設計と管理のポイントを解説します。
リーフレタス・小松菜などの葉物野菜

初期(育苗〜定植直後):
- EC:0.5〜0.8 mS/cm
- 窒素(N)をしっかり効かせ、葉数と株張りを促進
- 根が未発達なため、肥料濃度は低めにスタート
中期〜仕上げ期:
- EC:1.2〜1.5 mS/cm
- Kを強めに補給して葉の厚み・色・品質を整える
- Nの過剰で軟弱徒長にならないよう注意
トマト・ピーマンなどの果菜類

初期(育苗〜定植直後):
- EC:1.0〜1.4 mS/cm
- リン酸(P)を効かせて根張りと花芽形成を安定させる
- 窒素は控えめに、過剰な草勢を避ける
開花〜着果期:
- EC:1.5〜2.0 mS/cm
- カリウム(K)をしっかり入れて果実肥大を促進
- 花が咲き始めたらカルシウム強化(尻腐れ症対策)
収穫期〜後半:
- EC:1.8〜2.5 mS/cm(草勢・気温により調整)
- 過剰な窒素を抑え、果実の糖度・色付き・裂果防止を重視
- ECが高くなりすぎないよう潅水量で微調整を
イチゴ・バジル・ハーブ類

初期(定植〜展開初期):
- EC:0.8〜1.2 mS/cm
- 微量要素の欠乏が出やすいため、総合液肥を使用
- 根の活着を優先し、濃度は控えめに
成育中期〜収穫期:
- EC:1.2〜1.8 mS/cm(品種や季節によって調整)
- 香りや味の成分はカリウムと微量要素のバランスで決まる
- イチゴではCaとホウ素を重点的に補い、灰色かびや実割れを防ぐ
ステージごとの成分設計イメージ(例:トマト)
ステージ | 主な目的 | 設計のポイント |
---|---|---|
初期生育 | 根張り・草勢安定 | NやPを適量に、Kは控えめ |
開花・着果期 | 着果・果実肥大 | Kを強化、Nは維持、Ca・Bを補う |
収穫・成熟期 | 品質向上・安定 | K多め、N抑制、EC過多に注意 |
🔍 作物を見る・反応を見る・EC/pHを“裏付け”にする
「この作物ならECは1.5」「この時期はKを多く」――
それも確かに目安ですが、最も信頼できるのは、作物そのものの反応です。
- 葉の色が薄い → 窒素不足
- 成長が鈍い → 濃度不足・根の問題
- 葉先が焼ける → EC過剰または微量要素欠乏
- 実が割れる → Ca・水分管理のズレ
こうした変化にEC・pHの数値を照らし合わせることで、トラブルの原因を見極め、施肥設計を改善する判断力が養われます。
6. まとめ:肥料は“設計+管理”で成果が決まる
水耕栽培において、肥料は「単なる栄養源」ではなく、作物の成長スピード・品質・収量を左右する設計要素そのものです。
土のない環境では、施肥のバランス・濃度・タイミングがそのまま作物に反映されるため、“どう与えるか”という設計力と、“どう保つか”という管理力が成果の差を生みます。
この記事で紹介したように、作物や栽培ステージに応じたEC・pHの管理、適した肥料の選定、微量要素やカルシウムの補給などを意識することで、安定的かつ高品質な水耕栽培が可能になります。
特にプロの現場では、
・データに基づいた管理(EC・pHの定期測定)
・作物の反応を観察しての微調整
・ステージごとの肥料バランス設計
といった取り組みが、トラブル回避と高収量への近道となっています。
「見える化」と「再現性」を武器にできるのが、水耕栽培の強みです。
肥料を“勘”に頼らず、設計と管理の両輪で戦略的に使いこなすことで、確かな成果につながる栽培へと近づけるはずです。